勝負運を全て将棋に振ってしまった漢・佐藤康光についての記事です。
将棋以外はとてつもなく弱い佐藤康光先生をどうぞご堪能下さい。
プロ棋士と勝負強さ
プロ棋士たるもの勝負強さは必須の条件。
将棋が強いのは当然。将棋が上手いのも当然。
そんな拮抗した中で勝敗を分けるのは”勝負強さ”
あの三段リーグを勝ち抜いてきた猛者たちこそがプロ棋士であり、将棋で勝つことだけに特化した人達なのです。
以下、女流棋士の中井広恵先生の『勝負運の話』です。
女流棋士の中井広恵曰く。
「棋士の中にも、勝負強い人間と勝負弱い人間、また、運が良い人とそうでない人がいる。運が良い人は、一番に林葉直子の名前を挙げたい。彼女は呆れるほど運が良い。泉の如く湧き出てくる」
林葉直子の強運伝説
100人以上のキャンセル待ちがあった飛行機になぜか偶然が重なって乗ることができた林葉直子。
それも似たようなことが複数回もあったという。
「一方、この人、本当に棋士なの?というくらい勝負弱いのが佐藤康光前竜王(当時)。もちろん、これは将棋以外のゲームの話なのだが、あまり勝ったという話を聞いたことがない。どうやら、全てのゲームの勝負運を粗油ぎにつぎ込んでいるようだ。それと、人が良すぎるよいうこともあるのだろう。」
UNOで負けまくる佐藤康光
1994年、竜王戦第6局のあと、打ち上げが終わり、傷心していた佐藤康光前竜王(当時)
そんな佐藤康光前竜王が「何かゲームでもしましょうよ」と言ってきたので”UNO”をすることに…。
その時、佐藤康光先生の隣が中井広恵女流で、中井女流は手札がドロー2一枚とドロー4三枚だったそうです。
そうなると、隣に座っていた佐藤康光先生は中井女流がドローを出すたびにどんどん手札が増えていきます。
佐藤康光「僕になにか恨みでもあるんですか?」
中井広恵「そんなこと言われても、出さないと私も上がれない」
タイトルを失って傷心中の佐藤康光前竜王(当時)を勝たせてやりたい気持ちはあったが、結局、最初の7枚だったカードは佐藤康光先生のだけ19枚になっていました。
この話、まだ続きがあります。
UNOは一回では終わりません。
大敗を喫した佐藤康光先生でしたが、続く第二ゲーム。
中井女流のあとだとかわいそうだと言うことで、中井女流と佐藤康光先生の間に佃(つくだ)さんという、のちの伊奈佑介先生の奥さんが入ることに。
佃さんのあとなら安心だと思った佐藤康光先生。
しかし、佃さんの手札はドロー2一枚とドロー4が四枚でした。
麻雀と佐藤康光
植山悦行先生と中井広恵女流がめでたくご結婚され、植山宅に若手棋士が遊びに来ていた日のこと。
その時の若手棋士には森内俊之先生、郷田真隆先生、佐藤康光先生、等がいました。
当初は麻雀をやっていたのですが…。
もちろん麻雀でも佐藤康光先生が負けることが多かったそうです。
ジャンケンと佐藤康光
佐藤康光先生が奨励会時代のことです。
奨励会員はみんな金欠です。
そのため、時折、ジャンケンで負けた者が奢るということをやっていました。
ジャンケンをしていたメンバーは先崎学先生、森内俊之先生、佐藤康光先生等でした。
このジャンケンであまり負けなかったのは森内俊之先生だったそうで、かなり得したことと思われます。
一方で、よく負けていたのは…もちろん佐藤康光先生でした。
黒ひげ危機一髪と佐藤康光
島朗先生の家に8人の棋士が集まり、ご飯を食べたりしていた時のこと。
ひょんなことから黒ひげ危機一髪をやることに。
参加したメンバーは佐藤康光、中田宏樹、中田功、鈴木大介、先崎学の5人でした。
穴の数は30、ハズレは1つ。これが黒ひげ危機一髪というゲームです。
穴におもちゃのナイフを刺すのですが…。
「俺、こういうの弱いんだよなぁ」と言いながら佐藤康光先生が刺すと…。
見事、黒ひげが飛んでいきました。
さらに2ゲーム目では、1ゲーム目で負けた佐藤康光先生が最初に刺すことになりました。
そして、一発目で黒ひげを飛ばした佐藤康光先生。
3ゲーム目では、熱戦になり、残りの穴は10個ほどに。
ドキドキ。
ハラハラ。
の黒ひげ危機一髪でしたが…。
もちろん黒ひげを飛ばしたのは佐藤康光先生でした。