【デクシの正体は?】伝説の棋士”dcsyhi”ネット将棋での都市伝説 | ブラジルから王手飛車取り

【デクシの正体は?】伝説の棋士”dcsyhi”ネット将棋での都市伝説

 

将棋倶楽部24というネット将棋の世界に突如として現れた正体不明のアカウント”dcsyhi

レーティング3000点という前人未踏の記録を達成し、正体を明かさぬまま忽然と姿を消し、その存在は伝説になった。

その正体は一体誰だったのか…?

ヒカルの碁というマンガに、謎のネット棋士SAIというのがいますが、本当にそんな感じのことがネット将棋の世界であったんです。

スポンサーリンク

dcsyhi(デクシ)とは

将棋倶楽部24という最も有名な将棋のオンライン対戦サイトがあります。
そこでdcsyhi(デクシ)は2002年から2004年の6月まで存在した謎のアカウントです。

将棋倶楽部24は強さをレーティングで表していて、勝てば上がり、負ければ下がります。

当時の将棋倶楽部24でのトップクラスのレーティングは2600台~2700台で、2800以上は数人というと状況でした。
そんな中、dcsyhi(デクシ)は前代未聞の3003というレーティングをたたき出して姿を消しています。

噂が噂を呼び、そしてdcsyhi(デクシ)は伝説になりました。

 

dcsyhi(デクシ)は誰なのか?

tamionihonkaiというアカウントは渡辺明先生であることが分かっています。(漫画「将棋の渡辺くん」3巻に記載あり)

そのtamionihonkaiにも大きく勝ち越していたのがdcsyhi(デクシ)です。
当時の渡辺明先生はまだ10代でしたが、2003年の19歳の時には王座戦の挑戦者になるほどの強さでした。

ちなみにBattleshipYamatoというアカウントは佐藤天彦先生であることがわかっており、渡辺明先生と佐藤天彦先生はこのネット将棋を通じて仲良くなったのだとか。

以下、お二人の将棋俱楽部24でのデクシに関する会話です。

BattleshipYamato > しかし
BattleshipYamato > あいふりもやるということは
BattleshipYamato > 羽生先生か・・・
tamionihonkai > 森内だな・・・
nomumako > え?
BattleshipYamato > まあ
BattleshipYamato > それが妥当だね(笑)
nomumako > この人?
BattleshipYamato > はい

 

BattleshipYamato > でくしに予習なしで
BattleshipYamato > 横歩するのは
BattleshipYamato > 生意気だった。
tamionihonkai > ひどかったね。
BattleshipYamato > うん
BattleshipYamato > こうなったら
BattleshipYamato > 3間しかない

このお二人がいうので、羽生先生森内先生が有力候補としてあがります。

 

dcsyhi(デクシ)=羽生説

デクシの正体を暴くべく、とある棋士の対局日とdcsyhi(デクシ)の対局日を比較したという人が現れます。
その人が言うには、dcsyhi(デクシ)が将棋クラブ24で指している時に、とある棋士の対局がなかったと証言しています。
その証言から、ネット上では、一つの説が有力誌されてきます。

 

dcsyhi(デクシ)=羽生善治説

 

羽生先生の対局日には、dcsyhi(デクシ)の対局が行われていなかったということと、神的な強さを誇るdcsyhi(デクシ)と、当時、複数のタイトルを保持していた羽生先生が大きく重なりました。

つまり、実力、日程ともに信ぴょう性があります。

そして、dcsyhi(デクシ)の棋風も、羽生先生と同様の居飛車も振り飛車も指しこなすオールラウンダー。(デクシは得に横歩取りと四間飛車を多用していた)

デクシは羽生先生で間違いなし!

と、思いきや、この説が出て数年後…。
この証言に誤りがあったことがわかりました。

羽生先生の対局日にdcsyhi(デクシ)が対局をしていなかったわけでなく、羽生先生の対局日でもdcsyhi(デクシ)は将棋倶楽部24に現れていたのです。

 

追記

基本的に羽生先生の対局日にはdcsyhi(デクシ)は将棋倶楽部24にはログインしていませんが、何度か羽生先生の対局日であるにも関わらず、dcsyhi(デクシ)がログインし対局していた日があります。
しかし、それは朝日杯のような早指し戦で、かつ、dcsyhi(デクシ)は基本夜(20時から深夜)にログインし対局していたので、早指し戦の終局後に将棋倶楽部24にログインして指すということも不可能ではない気がします。

つまり、羽生先生の対局日でもdcsyhi(デクシ)は対局しているが、羽生先生の対局時間内では対局してないが正しい証言ではないでしょうか。

天才・羽生善治の凄さを100個の伝説的エピソードでまとめてみた
「将棋の羽生さん」と言えば将棋を知らない人でも知っている有名人。 今回はその羽生先生のエピソードを100個でまとめました。 恐怖の赤ヘルと呼ばれ、ウサギを愛す将棋星人であり伝説でもある羽生善治。 定期的に出る羽生衰えた説や家族間エピソードを一挙紹介。

dcsyhi(デクシ)=森内説

YouTubeの森内チャンネルで森内先生がこのようなことをおっしゃられていました。

持ち時間の短いネット将棋で直観力を磨いていた。当時流行っていた戦法を指して、研究や経験値をつけていました。
ネット将棋で連取をしていた流行りの戦法は、横歩取りや四間飛車だった。

横歩取りと四間飛車は、当時のdcsyhi(デクシ)が最も多く指した戦型であり、この動画から、dcsyhi(デクシ)=森内説が急浮上してきます。

当時の森内先生も羽生先生と同様に、複数のタイトルをもっており、dcsyhi(デクシ)がタイトル戦の日に出現率が減ることについても納得できます。

ちなみにdcsyhi(デクシ)が将棋倶楽部24で最高レーティングをたたき出した2004年の棋士レーティングは以下の通りです。

2004年6月時

1位 森内俊之 1938
2位 羽生善治 1916
3位 谷川浩司 1916
4位 渡辺明  1851
5位 丸山忠久 1838
6位 木村一基 1828
7位 深浦康市 1818
8位 佐藤康光 1809

ちなみに当時の森内先生は竜王、名人、王将の三冠王でした。

これは森内説も濃厚かと思いきや…

2004年05月16日に棋王戦の挑戦者決定戦の森内-木村戦が行われていて終局時刻が19時52分と記録に残っています。

そして、その日、dcsyhi(デクシ)iは20時3分に将棋倶楽部24で対局を行っています。

さすがに、終局してから9分後にネット将棋は無理があると思いますし、何より、感想戦もありますし、おそらく、その日の20時3分は挑決ということで記者からのインタビュー中だったと思います。

ここで、デクシ=森内説の可能性はほぼほぼ消滅。

【森内俊之伝説】”鉄板流”森内九段の81個のエピソードまとめ
森内俊之九段は永世名人資格保持者であり、羽生善治九段のライバルと言っても過言ではない大棋士です。 鉄板流と評される将棋からは意外すぎるおもしろいエピソードが盛りだくさん。 一般人としてアタック25に出演した経験や、「あ、負けました。」まで8...

共有アカウント説

Twitter上でもitumonという将棋にやたら詳しいアカウントがあり、ネット上では屋敷九段だと噂されていました。

なぜなら屋敷九段の対局中にはitumonがツイートしていなかったからです。
本人の対局日にネット上に姿を現さないことは、物理的な証拠で、確証に近いものなので、信ぴょう性があります。

しかし、このitumon=屋敷説が浮上したあとに、屋敷九段の対局中にitumonがツイートするということが予想外の起こりました。
これはitumon=屋敷説を覆す出来事でありますが…。

共謀した者がいれば話は別です。

当時の将棋倶楽部24では、棋譜が公開されていました。
そのため、プロ棋士の対局日とdcsyhi(デクシ)の対局日を照らし合わせることで、dcsyhi(デクシ)の正体を突き止めることが可能でした。

そのことが予めわかっている状況だったわけです。

つまり、私が言いたいのは、itumon=屋敷説の時と同じように(推測でしかありませんが)共謀者がいれば証拠の捏造なんて簡単なのです。

そして、将棋のプロ棋士という、先を読むことに長けた者なら、なおさらです。

このことをふまえてある説が浮かび上がりました。

 

dcsyhi(デクシ)=羽生森内の共有アカウント説

 

羽生先生と森内先生は両者共に、ネット将棋を指していたことがあると発言されています。(両者の話から推測すると2003年頃)

当時の棋士レーティングは上記の通り、1位と2位の両者。
そして両者共にタイトル保持者。

ここで一つの疑問が生まれます。

もしdcsyhi(デクシ)が羽生先生だったら、森内先生のアカウントはどれ?
逆に、dcsyhi(デクシ)が森内先生だったら、羽生先生のアカウントはどれ?

2004年にアカウントが削除されたのはお互いのタイトル戦が増えたからと紐づけることもできます。

なので、羽生森内の共有アカウント説は結構濃厚なのではないでしょうか?

ちなみに昔、お笑い芸人の千原ジュニアさんが羽生先生に直接聞いたことがあるようです。
その時の会話が以下

dcsyhi(デクシ)についての会話
千原ジュニア「あれ羽生さんですか?」
羽生「どうなんですかねぇ?…」ニヤニヤ

この会話から推察すると…。

もし、羽生先生がdcsyhi(デクシ)なら「どうなんですかねぇ」の答えは有りだと思います。

でも、羽生先生がdcsyhi(デクシ)ではないのなら、否定するはずなんです。
羽生先生がdcsyhi(デクシ)ではないのに「どうなんですかねぇ」はおかしいし、本当のdcsyhi(デクシ)の人に失礼にあたる気がします。

もう一つ邪推してみると、羽生先生だけのアカウントではなかったので許可なくバラすことができなかった。
そこで「どうなんですかねぇ」と、はぐらかしてみたというのが、私の推察です。

他にも、羽生先生と佐藤康光先生の共有アカウントだった説や谷川浩司説もあります。

伝説の謎は謎のままに…。

そのほうがいいのかもしれません。

 

dcsyhi氏の将棋倶楽部24での最終対局日は2004年6月5日(土)でした。

 

【いろは坂事件】羽生善治、佐藤康光、森内俊之の将棋界の珍事まとめ
この記事では、将棋界の珍事件「いろは坂事件」を紹介しています。 この事件は羽生善治、佐藤康光、森内俊之という大棋士三人の最初で最後のドライブのお話しです。 時は羽生六冠が谷川王将に挑戦する王将戦第二局。 1995年あたりかと思います。 車の免許を取ったばかりの佐藤は森内を王将戦第二局の観戦に誘ったそうです。 その王将戦が行われているのは栃木県日光市。 免許取り立てで、とにかく運転したい佐藤は自身満々でこう言いました。 「私の車で行きましょう!」
created by Rinker
¥7,980(2024/02/16 11:42:45時点 Amazon調べ-詳細)
created by Rinker
¥1,540(2024/02/17 04:03:39時点 Amazon調べ-詳細)
【佐藤康光伝説】前会長・佐藤康光九段の50個のエピソードまとめ
佐藤康光九段といえば羽生世代としてお馴染みのプロ棋士で、島朗、羽生善治、森内俊之と共に伝説の”島研”メンバーでもありました。 ”緻密流”とも”変態流”とも称されているその指しまわしは予測不能で「1億と3手読む」と言われていました。 さらに通...
タイトルとURLをコピーしました