将棋ソフトのエピソード 米長邦雄

【米長邦雄】対コンピュータ戦までの準備と米長語録「この米長っていうのはいい将棋を指すなぁ」

ボンクラーズ戦準備秘話

元名人でもある米長邦雄永世棋聖と当時最強のコンピュータ”ボンクラーズ”
現役を引退した老兵が対コンピュータ戦に向けて復活した道のりを書いています。
やっぱりおもしろい米長語録満載の対コンピュータ戦修行の日々を綴ったブログ。
「この米長って人に会ってサインをしてもらいたいな」と米長邦雄
そして妻からの衝撃の一言「あなたは勝てません」

ボンクラーズという将棋ソフト

”ボンクラーズ”という将棋ソフトは保木邦仁氏が開発したボナンザをベースに伊藤英紀氏が改良した将棋ソフトです。
少しふざけた名前ではありますが、”ボナンザクラスターズ”を略した名前なんです。

2011年の世界コンピュータ将棋選手権で優勝したボンクラーズ。
1秒間で1800万手読みます。

そして、ボナンザ系ソフトの特有であるこれまでの全てのプロ棋士同士の棋譜を記憶しているソフトです。

当時、渡辺明竜王と戦ったボナンザよりも”角一枚”は強くなっているとのことでした。

米長邦雄という格安物件

米長邦雄将棋連盟会長(当時)は2005年にコンピュータとの対局における事項を全棋士に通達しました。

その内容を簡単に説明すると。

「公の場でプロ棋士はコンピュータと対局してはならない。しかし、対局料が1億円の場合は許可する」

というもの。

1億円という少し法外な額ですが、米長邦雄によれば、羽生善治とコンピュータが対局する場合の対局料は7億800万円を提示しています。

そして、女流棋士のトップだと7670万円

将棋界最高の竜王戦ですら4200万円なので、どれだけ高いかがわかると思います。

しかし、米長邦雄は格安物件も提示していました。

「米長邦雄は1000万円」

元名人でかつ永世棋聖を名乗る米長邦雄の破格の安さに、ドワンゴを始めいくつかの企業が名乗りを挙げてきました。

こうして、第一回電王戦は開催されることになったのです。

 

相手を知り、己を知る

自分がどれぐらい弱くなったのかを知る必要があると考えた米長邦雄は市販の将棋ソフト”激指”を購入し、対戦してみました。

「一手10秒だと勝率は一割ぐらい」
「一手30秒だと勝率は二割ぐらい」
「早指しでは全く勝てないことがわかりました。」
米長邦雄

その後、自費で28万円の高性能パソコンを買い、自宅でボンクラーズと練習対局を重ねた米長邦雄の対ボンクラーズ戦の感想。

「一手30秒だと全く勝てない」
「持ち時間が1時間だと、やや負け越す程度」
「持ち時間が3時間だと1勝2負」
米長邦雄

「自分よりもコンピュータのほうが強い」

と米長邦雄は認め、それを受け入れた上で戦略を練ることにしました。

ちなみに自宅のボンクラーズは1秒間に170万手読むものでしたが、本番のボンクラーズは1800万手読みます。

 

詰め将棋を解く

ボンクラーズとの対局が決まった米長邦雄永世棋聖はまず詰め将棋を解き始めました。

「10手以上かかりそうな詰め将棋は解く気が起きない」
「看寿の第一番の69手詰め。これを一週間かけて詰ました情熱はどこへ行ってしまったのでしょうか。」
米長邦雄

将棋ソフトというのは100手ぐらいの詰め将棋を1秒で解いてしまいます。
一方、人間は数時間かかってしまう。

どんなに頑張って修練を積んだとしても、人間が1秒を切ることはないでしょう。

そのため人間はコンピュータに読みのスピードでは絶対に勝てないんですね。

それでも将棋で強くなるためには詰め将棋しかないと米長邦雄永は詰め将棋を解きます。
プロ棋士に求められる力とは”自分の頭だけで考える能力”なんだと。

 

自分の棋譜を並べる

自分がどれぐらい弱くなっているかを理解した米長邦雄永は次に”全盛期の自分はどれぐらい強かったのか”を知る必要があると考えました。

そこで全盛期の自分の棋譜を並べた米長邦雄永の感想。

「なるほどなぁ、この米長ってのはいい将棋を指すな」
「強い。そしてかっこいい将棋を指す」
「え!ここで角を捨てる。こんな手があるのか。この人に会ってサインしてもらいたいな」
米長邦雄

自分の棋譜並べ以外にも最新の棋譜を並べてみたり、若手を呼んで練習相手になってもらったそうです。

 

6二玉の誕生秘話

コンピュータの弱点を知るため、米長邦雄はボナンザの開発者である保木邦仁氏に会いに行きました。そして対コンピュータ戦の対策を練る2人。

「初手、6二玉と指すのがいいのではないかと思います。」

こう言ったのは保木さんでした。

この手は「コンピュータが持つ全ての序盤データを無効化する一手」でした。

つまり、最初から序盤定跡に頼ることができなくなり、コンピュータは真っ白の状態のまま読み進めていく状況になると言います。

この新米長玉である”6二玉”は奇をてらった手ではなく、理論に基づいて指された手だったのです。

 

代指しの条件

米長は、当日のボンクラーズの代指しをする人の条件を提示しました。

  1. 将棋が強いこと
  2. 私と同じぐらい対局中に真剣になってくれること
  3. 目ざわりにならなくて、気を散らさないこと
  4. 私を尊敬してくれること

この4つの条件に当てはまるのは世界でせいぜい3人ぐらいだと語る米長。

特に最後の「私を尊敬してくれること」は大事な条件なんだそうで、米長邦雄は勝つことを応援してくれる人がもたらす運気を信じているそうです。

そして、逆に「負けてほしい」と願っている人とは、悪運をもたらすので徹底して付き合わないようにしているんだとか。

この条件全てに当てはまる人物、それが中村太地五段(当時)だったんですね。

ちなみに加藤一二三だと気が散るのでNG。羽生善治だと睨まれる震え上がるからNGだと答えています。

 

勝負師の妻に聞きたいこと

コンピュータと対戦する前に米長邦雄には妻に1つ聞きたいことがありました。

「私は勝てるだろうか?」

米長の妻は将棋のルールを知っている程度の素人。
それでも、米長は妻から「あなたなら大丈夫でしょう」という言葉を聞きたかったんだそうです。

しかし妻から返ってきた返事は意外なものでした。

「あなたは勝てません」

望んでいた答えと違うものがきた米長は理由を尋ねます。

「全盛期のあなたと今のあなたには、決定的な違いがあるんです。あなたは今、若い愛人がいないはずです。それでは勝負には勝てません。」

勝負師の妻はすごいですね。

「真剣になりすぎている。コンピュータ相手の遊びだから、気楽に構えていたほうがいいよ」というアドバイスだったのではないかと米長は回想しています。

米長邦雄の対ボンクラーズ戦の記事はこちらから↓

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