【第一回電王戦まとめ】米長邦雄vsボンクラーズ戦 6二玉から大優勢を築くも一手のミスで敗北

米長邦雄vsボンクラーズ

2012年1月14日
第一回電王戦として当時最強の将棋コンピュータソフト”ボンクラーズ”と元名人でもある”米長邦雄永世棋聖”が東京将棋会館で対局しました。
後手番となった米長邦雄は2手目に”6二玉”と新米長玉を披露。
そこから大優勢で昼食休憩に入ったものの事件が起こります。

米長邦雄永世棋聖vsボンクラーズ

第一回電王戦
決戦の日は1月14日
対局場は東京将棋会館

1秒で1800万手読む最強の将棋コンピュータソフト”ボンクラーズ”と対局するのは元名人であり永世棋聖を名乗る”米長邦雄

この対局には大きな注目が集まりました。

この対局のためにずっと禁酒していた米長邦雄の準備と決戦までの道のりは以下。

 

将棋会館で寝泊まり

「取材は全員が同一行動で行うこと」

取材は会見などの公式な場でのみ行うこと。抜け駆けのインタビューをしないことを米長は会長としても対局者としても将棋連盟の職員に、細かく周知徹底していました。

それでも来る者は来る。
禁止していても来るのが報道陣です。

「米長が負けたら大きな記事が書ける」

そう思って集まる記者たちとはなるべく関わりたくないと考えた米長は対局の前日、将棋会館で寝泊まりすることにしました。

こうでもしないと、将棋会館にやってくる時に、大勢の報道陣に囲まれることがわかっていたからです。

そのため、当日の朝食は事前に買っておいたバナナ3本とチーズだったそうです。

 

新米長玉”6二玉”

持ち時間は3時間、切れたら60秒将棋で対局は始まりました。

ボンクラーズは初手に”7六歩”としました。

そして2手目、米長邦雄は”6二玉”と新米長玉を披露。

この手は一度プレマッチ(前哨戦)で米長がボンクラーズに指した手でした。
しかし、本番でも指すとはほとんどの人が予想できていなかったと思います。

そのためこの手が指されると、解説室ではどよめきが起こり、ニコニコ動画の画面上も驚きのコメントで埋め尽くされていました。

 

休憩に入ってからの事件

昼食休憩に入り、対局室を出た米長。
その時、一人の女性記者が写真を撮りました。

これは事前に決めていたルールに反する行為でした。
こういうことを避けるため、前日に将棋会館で寝泊まりまでしていた米長は怒りました。

「ルール違反だから、あなたはこの後の記者会見も含めて将棋会館に居残ることは許さない」

10分程のやりとりでしたが、休憩時間を削られた上に、精神までかき乱されてしまった。

米長は自分の精神的な弱さを悔いると共に、このことが敗着につながったとも考えています。

 

6六歩の対応を誤った

昼休憩が終わり対局室に戻り、対局は再会されました。

ボンクラーズは以前として自身の有利だと判断していました。
一方の米長は、自身の大優勢を意識していました。

そして、米長は、コンピュータに有利だと錯覚させることが重要であると考えていたため、ここまで全て作戦通りでした。

しかし、ミスが出ました。

ボンクラーズが”6六歩”とした局面。

6六歩

6六歩とした局面

この手に対して米長は”同歩”と応じました。

正着は”8六歩、同歩、7二玉、8八飛…”だったと米長は後述しています。

この手が敗着となり、そのあとは一方的に推し負けてしまい113手で米長邦雄の投了となりました。

 

記者会見での米長節

米長節が聞けると思ったのか、ニコニコ動画では対局終了時から5万人も視聴者が増えていました。

ニコニコ動画、その他のミラーサイトを含めて、この日の放送を約100万人が観ていたと推測されています。

そして、負けたにも関わらず米長節はこの日も絶好調でした。

”電王戦”の読み方は”デン「ノ」ウセン”と”デン「オ」ウセン”どちらですか?という質問に対して。

「言葉を大事にする読売新聞ならではの質問だと思うのですが、日本将棋連盟というところは「どっちでもええやないか」という団体でございます。」
米長邦雄

電王戦はいつまで続きますか?という質問に対して。

「わかりません。あなたの結婚生活と同じです。「続くだろう」ということでやっていくということです。」
米長邦雄

負けた理由を聞かれて。

「私が弱かったから負けたんです」
米長邦雄

最後まで6二玉は悪手ではないと言っていた米長邦雄永世棋聖。
対局が終わってもしばらくは6六歩の局面が夢に出てきて眠れなかったそうです。

電王戦のまとめ記事はこちら。
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