2012年2月のNHK杯将棋トーナメントの決勝戦でのこと。
対局者は当時の黄金カードの羽生善治vs渡辺明でした。
羽生にとってはNHK杯4連覇そして同棋戦20連勝目がかかったNHK杯決勝で、さらに優勝すれば”名誉NHK杯”の資格を持てる一局で”伝説の金合い”は指されました。
ちなみに羽生はその前の年の2011年に渡辺明にストレートで王座のタイトルを奪われ、王座戦タイトル連覇記録を19で止められていました。
目次
”羽生vs渡辺”決勝戦の概要
2012年2月27日に放映されたNHK杯将棋トーナメントの決勝戦の概要です。
- 先手:羽生善治 二冠(当時)
- 後手:渡辺明 二冠(当時)
- 棋譜読み上げ:藤田綾 女流
- 秒読み上げ:荒木三段(当時)
- 持ち時間:10分+30秒+(考慮時間10分)
NHK解説(テレビ)
- 解説:森内俊之
- 聞き手:矢内理恵子
ラジオ解説。
- 解説:米長邦雄、谷川浩司、橋本崇載
- 聞き手:村上信夫(アナウンサー)
https://www.youtube.com/watch?v=90yh-jq2JqA
伝説の金合い
NHK杯将棋トーナメントの決勝戦の戦型は矢倉になり、両者譲らず終盤戦に突入した局面です。
上図で”8六歩”と歩を取り込んだ渡辺先生でしたが、ここで羽生先生は受けることなく”2四桂”と打ちます。
この手が凄い手で、全てを読み切っていないと指せない手でした。
おそらく羽生先生はこの時点で、伝説になった金の限定合いを含み、自玉に詰みがないことを読み切っていたものと思われます。
その後、”同歩”と桂馬を取られ”3二銀成らず”で渡辺玉に”詰めろ”をかけ、渡辺二冠(当時)に手を渡します。
ここから渡辺先生が羽生玉に怒涛の王手ラッシュで迫ります。
その最終盤に伝説となった141手目の金合いが以下の局面です。
30秒将棋の中で余裕を持って指されたこの金は、いわゆる”限定合い”というもので、金以外の合い駒だと詰みがあります。
唯一、金合いだけが勝ちの手だったんです。本来”限定合い”こそなかなか出現しないのですが、それがまさか決勝戦で出るとは…。そのためこの金合いは伝説になっているのです。
羽生先生強すぎます。
おそらく詰んでいるだろうという状況でしたが…伝説の金合いによって、147手で羽生先生の勝ちとなりました。
渡辺明先生の128手目から約20手の王手ラッシュが続き、それを全て羽生先生が受け切っての勝ちでした。
名誉NHK杯選手権者
本局に勝利した羽生先生はNHK杯史上初の4連覇を達成し、同棋戦20連勝かつ通算10回目の優勝で”名誉NHK杯選手権者”の称号を獲得しました。
ちなみに”名誉NHK杯選手権者”になる条件はNHK杯将棋トーナメントで通算10回優勝することです。
さらに2018年に羽生先生は再びNHK杯で優勝し、通算優勝回数を11回に伸ばしています。
現在のところ”名誉NHK杯”の資格を持っているのは羽生先生しかいません。
これは”将棋界の絶対に破られないであろう記録”並みに”名誉NHK杯”の資格保持は難しいと思いますが、今後、藤井聡太先生が獲得できるかどうか注目です。
なんと言っても、藤井聡太先生は”将棋界の絶対に破られないであろう記録”を2つも破っていますからね。
ラジオ解説者の反応【米長邦雄、谷川浩司、橋本崇載】
当時のラジオ解説は以下。
- 解説:米長邦雄、谷川浩司、橋本崇載
- 聞き手:村上信夫(アナウンサー)
7三角に対して
米長「ここで単に逃げるのか、合い駒するのか?」
橋本「香合いだと危ないんですか…」
米長「え?香合い…?」
米長「うっかりしたこと喋れないんだよね」
聞き手「すごい終盤戦ですね」
米長「歩の合い駒でないと詰むんだねきっと」
橋本「うーん…」
聞き手「ハラハラドキドキ」
8三金合いに対して
橋本「今8四に金をしたのが…正しい好手だったんですね」
聞き手「正しいですか?歩でも香でもダメだったんですね」
橋本「歩でも香車でも危なかったですね…」
米長「そうですね。金合いが最善だった。よく30秒でこんなことが読めますね」
聞き手「これで詰まなければ羽生NHK杯4連覇です!」
谷川「7二角と打たれた時の合い駒は…?」
米長「歩でない…いやいや危ないんだよ。詰んじゃったかもしれない…。これ詰んじゃったかな…いやそうでもないのか…。あんまり素人がごちゃごちゃ言ったらいかんのかな」
解説者も読み切れないハイレベルな最終盤に、常に正しい手を指し続ける羽生二冠(当時)
聞き手「間違えませんね」
米長「間違えないんだよ」
9三金に対して
聞き手「今ちょっと震えましたね」
橋本「すごい…」
米長「震えたね。相手の駒動かしちゃった」
羽生二冠(当時)が小刻みにうなずき、勝利を確信。
そして渡辺明二冠(当時)が投了。
聞き手「渡辺竜王投了です!前人未到の4連覇、20連勝、そして10回目の優勝」
聞き手「これで誰も資格を持ったことのない”名誉NHK杯”の資格を持つことになりました!」
聞き手「羽生さん強しです!」
米長「すごい将棋だったね」
橋本「私だったら頓死を喰ってました」
聞き手「8四金ですか?合い駒として?」
米長「歩を中合いして金を打った。そして香を打った。それが絶対なんですね。それ以外は負けたでしょう。」
聞き手「一歩間違えれば負けてたかもしれないが、その一歩を間違えなかった!」
NHK解説【森内俊之と矢内理恵子】
NHK解説(テレビ)
- 解説:森内俊之
- 聞き手:矢内理絵子
による同将棋の解説です。
渡辺二冠(当時)の王手ラッシュに上部脱出で受ける羽生二冠(当時)
矢内「なんとか逃れている感じ…」
森内「そうですねぇ…」
7三角に対して
森内「…」
矢内「まだなにかあるんじゃないかと」
森内「なにを合い駒するかですね」
8三金に対して
矢内「ここは金がいいんですか?」
森内「…」
矢内「歩とかだと危ないということなんですね」
森内「…」
7二角に対して
矢内「今度は?」
森内「今度は…(笑)迷いますけど、歩で良ければ…」
8三香と打つ羽生。
矢内女流の問いかけにほぼ「…」対応の森内先生。
森内先生でさえも読み切れていない…ということですね。
視聴者のコメント
金以外は全て負けで、それを解説者も気付いていない中秒読みで正着を導き出すもんだから。
渡辺竜王が角で王手。下向いて「歩か香の合い駒をしてくれ…」と祈っていそうな雰囲気。羽生さんが駒台に手を伸ばした瞬間、頭を上げ、目で追って、その金合いに一瞬ガクッとする渡辺竜王」
渡辺さんの「金打つなよ金打つなよ…何合い!?やっぱ金かよぉ…」って気持ちが読み取れて面白い。
米長さんの解説やっぱおもしろい。