2012年に行われた第60期王座戦の第4局の羽生マジック”6六銀”で千日手になった対局を解説している記事です。
二冠vs二冠となった今タイトル戦は前年に”王座”のタイトルを渡辺明竜王(当時)に獲られた羽生善治前王座が本戦トーナメントを勝ち上がり、挑戦者として”王座”奪還に臨んだタイトル戦戦です。
目次
渡辺明二冠vs羽生善治二冠
- 日時:2012年10月3日
- 先手:渡辺明 二冠(当時)
- 後手:羽生善治 二冠(当時)
- 場所:神奈川県泰野市「陣屋」
- 持ち時間:5時間
- 戦型:後手三間飛車
- 解説:浦野真彦 八段
- 聞き手:貞升南 女流
2010年には王座戦で前人未到の19連覇を果たした羽生先生ですが、この前年の2011年には渡辺明竜王(当時)にストレート負けを喫して”王座”のタイトルを失ってしまいました。
しかし、今回の2012年は本戦トーナメントを勝ち上がり挑戦者として渡辺明王座(当時)と5番勝負を闘います。
第3局までを終えて羽生戦線の2勝1敗として”王座”奪還に王手を掛けた第4局目でした。
渡辺明王座(当時)の先手番で始まった本対局でしたが、2手目に羽生挑戦者が当時では珍しい手を指します。
後手三間飛車
先手の初手”7六歩2に対し、後手の羽生二冠(当時)は”3二飛”と指し三間飛車に。
そこから後手の角筋が利いていたこともあり、先手は穴熊に組むのを妥協し、左美濃に囲います。
その後、後手の”7二飛”から本格的に玉頭戦へ突入しました。
先手の渡辺王座の勝勢
手は進み、終盤戦となり、一時は後手優勢で控室の判断は一致していたものの、先手の粘りで局面は先手勝勢へと傾きます。
この”8八金”の局面は先手玉に詰みはなく、一方後手玉は”8三飛”→”同金”→”同銀成”→”同玉”→”8二飛”→”7四玉”→”6六桂”以下の詰めろです。
当時、ニコニコ動画の生放送で解説していた浦野八段も…。
浦野八段「これは第五局に行っちゃうかな?現状は後手に詰めろがかかっていて、先手玉は詰まないと…。」
と、先手勝勢と判断していました。
しかし、ここで羽生二冠(当時)は鬼手をひねり出します。
羽生マジック”6六銀”
”6六銀”と敵の”歩”の前に”銀”を打ちこみました。
いわゆるタダ捨ての銀です。
しかし、この”6六銀”という一手は”詰めろ逃れの詰めろ”の一手なんです。
先手玉への詰みの手順の中の一手”6六桂”を消すために打ったのがこの”6六銀”で、かつ”8八角成”→”同玉”→”7七銀成”以下の詰めろを後手玉に掛けています。
鬼手炸裂”詰めろ逃れの詰めろ”です。
このあと後手は”同歩”と取るしかないですが、銀を渡したにも関わらず”同歩”とした局面は後手玉の詰めろは消えているんです。
これぞまさに”羽生マジック”
”6六銀”を見た浦野八段の驚きが以下。
浦野八段「えええーー!なにそれ!?」
浦野八段「…これあれですわ…。相手の打ちたいところに打てって言うやつですわ」
浦野八段「よう、こんな手思いつきますね。しかし」
浦野八段「銀タダですよ?詰めろ逃れの詰めろやりたいんですけど、これタダですから」
浦野八段「ようこんな手見えるなあ。やっぱり凄いなあ…」
浦野八段「これは凄い手やなあ…」
ちなみに現地の解説陣も”6六銀”に対して「え!?」と驚愕していました。
以下、浦野八段と貞升女流の会話です。
浦野八段「もし、これで勝ちやったとしたら、これはもう神の一手ですよね」
貞升女流「いやーすごいですね」
浦野八段「これで勝ちやったら伝説の一手ですね」
貞升女流「そうですよねぇ!」
浦野八段「体に悪いゲームですね」
浦野八段「ここ数年名局賞というのができたじゃないですか」
貞升女流「はい」
浦野八段「名局というのは泥仕合とかじゃないんですよ」
貞升女流「はい」
浦野八段「やっぱりね、」
貞升女流「名局ってのはやっぱりこういう…」
浦野八段「ええ」
貞升女流「なるほどという手が出た対局なんですね」
浦野八段「軽々しく言ってはいけないけど、これは名局」
【おまけ】解説中、簡単な筋が見えなくなってくる浦野八段
浦野八段「クラクラしてきてもう…簡単な筋が見えなくなってきて…」
千日手成立
このあと”8九金”→”7八飛”→”8八金”→”同飛”→”8九金”→”7八金”→”8八金”→…と進み、両者打開する手がなく、22時9分、142手で千日手が成立しました。
残り時間は渡辺3分、羽生4分。
ちなみにAIに読み込ませたところ一時は+1700まで先手有利になっていました。
そこから羽生マジック”6六銀”で千日手に持ち込みました。
以下、浦野八段と貞升女流の会話です。
浦野八段「すごいですね本当に」
貞升女流「はい!」
浦野八段「これだけの激しい終盤でバランス取れて千日手っていうのは…すごいな…」
浦野八段「今頃ね。控室は大騒ぎですよ」
浦野八段「歴史的妙手6六銀で千日手と。」
浦野八段「これね、決着はついてないけど、立派な名局ですよ」
浦野八段「私、昨日ね、夜中の0時過ぎに対局終わって、帰ったの3時ですよ」
貞升女流「(笑)」
浦野八段「こういうときに解説の仕事にあたるっていうのは…どうなんですかね。日頃の心がけが悪いのかな」
貞升女流「いやー(笑)わかんないですけど(笑)」
千日手指し直し局
指し直し局の持ち時間は規定により、残り時間が少なく1時間に満たない渡辺先生の側に57分を足して1時間に。羽生先生も同様に57分を足して、こちらは1時間1分として指し直し局を行います。
この日、千日手指し直し局が終わったのは、深夜2時2分。
147手で羽生挑戦者が勝って、3勝1敗で”王座”へ返り咲きました。
羽生三冠誕生,そして”王座”のタイトル計20期という同一タイトル保持記録タイになりました。
ニコニコ動画のアンケートの結果
深夜2時まで放送された第60期王座戦第4局は将棋中継史上最多となる総閲覧数37万を叩きだし、放送終了後に取られた満足度調査のアンケートにて『とても良かった』が98.4%と圧倒的な高評価を得ていました。
夜中の2時まで放送された充実感いっぱいの王座戦第4局。
伝説の”6六銀”をはじめ、結果的に前日の対局から2日連続の深夜労働ながら、解説の浦野八段のトークも軽快で、視聴者は圧倒的に満足感ある時間を過ごせたようです。
中継したニコニコ動画に指し直し局終了まで放送していただいたことに感謝。
ちなみにこの対局中に浦野八段はジャパネット高田並みのプレゼンで”詰将棋ハンドブック”を宣伝しており、見事この日””Amazonの本の売れ筋ランキングで1位を取りました。
羽生善治の後日談
後日、ニコニコ動画の将棋放送にて、羽生善治二冠の解説、藤田綾女流の聞き手による王座戦第4局の千日手局の解説が行われました。
3二飛車について
藤田「次の手が結構意外な一手だったと思うんですけど…2手目に3二飛車と…。」
羽生「そうですね。これ全くないわけではなくて、何年か前から時々指されている指し方ですよね」
藤田「本局はもう3二飛車で行こうと…」
羽生「ただこれ弱点があって(笑)初手に2六歩とされたら出来ないんですよね」
藤田「ちなみに2六歩とされたら、なんの戦型にされるつもりだったんですか?」
羽生「8四歩として相居飛車形の将棋に…。」
藤田「羽生先生は公式戦などでは3二飛車の将棋は指されたことは?」
羽生「2回目ですね」「(一回目は)深浦さんとの将棋で大乱戦になって…」
119手目の”6九銀”に変えて”9五歩”なら…。
羽生「もしかしたら、9五歩から先手に勝ちがあったんじゃないかと…」
6六銀について
藤田「これはすぐ見つけられたんですか?」
羽生「いやー見つかんないです」「最後の最後に見つけた手ですよね」
羽生「私も打った時は半信半疑で…」「他の手がなかったんで打ったんですけど。」
藤田「これが詰めろ逃れの詰めろになっているんですね」
羽生「はいそうですね」
羽生「(先手は)同歩と取ったんですけど…対局中に考えていたのは(先手がどこかに)飛車を打ってまた詰めろ逃れ詰めろになるんじゃないかと…」
藤田「渡辺竜王もここで最後の考慮時間を使って考えて…」
羽生「はい、考えますよね当然ながら」
誰も覚えていない将棋
藤田「現地の控室でも懐かしい将棋だと言われていましたね。」
羽生「この対局が、観戦記が河口先生だったんですけど…この将棋は河口先生が村山(聖)くんに順位戦で勝った将棋だったんですね」
羽生「でも20年前の将棋だったんで、どうやったもも思い出せないんですね。なので対局終わったあとに、河口先生に聞いてみたんですけど…『いや俺も覚えてないよ』と言われてしまって(笑)」
藤田「ご本人も覚えてない(笑)」
羽生「はい、誰も覚えてない(笑)」
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