2013年1月のNHK杯将棋トーナメントの準決勝戦でのこと。
対局者は羽生善治三冠(当時)vs郷田真隆棋王(当時)
羽生三冠(当時)にとって同棋戦での24連勝目がかかる対局でした。
解説者の先崎九段が息を飲む素晴らしい詰みがあり「天才の詰み」と称された名局を解説しています。
目次
”羽生vs郷田”の準決勝の概要
2013年3月 NHK杯将棋トーナメントの準決勝戦
- 先手:郷田真隆 棋王(当時)
- 後手:羽生善治 三冠(当時)
- 解説者:先崎学 九段
- 聞き手:矢内理絵子 女流
- 棋譜読み上げ:貞升南 女流
- 時間読み上げ:黒沢玲央 三段(当時)
- 持ち時間:10分+30秒+(考慮時間10分)
https://www.youtube.com/watch?v=VI2hjB_RMIs
天才の詰み
”6二歩”が詰めろ
戦型は後手の羽生先生の”中飛車”になり、進んだ終盤戦。
羽生先生が”6二歩”と打った局面が以下です。
この”6二歩”という手は飛車の王手を防いだ受けの一手なんですが、なんと同時に相手玉に詰めろ(次に詰む)がかかっている凄い一手なんですね。
まさに一石二鳥の手。
というか、まさか、この手が”詰めろ”だなんて信じられません。
この時、すでに30秒将棋に入っている両対局者ですが、以下、郷田先生は”5三飛車成り”として、下駄を預けました。
先手玉に詰みがあるかどうかを検討する解説者の先崎九段と聞き手の矢内女流の会話が以下。
先崎「詰みます?」「詰む?」
矢内「どうですかね…」
5八龍と指す羽生。
先崎「いやあ、しかし逆転だと思うんですけどね…」
先崎「しかし、銀打って上がるか?おう?上に抜けてってどうなるのかていう…」
5八金と指す郷田。
先崎「そう簡単ではないのか?」「上に行くんだ?ズズッと…」
矢内「6九銀に…?」
先崎「7七玉の一手ですね」「で、8五桂、8六玉、7四桂、7五玉?」「う?うん?んんっ?」
意表の6九角に対して
”6九銀”の筋を検討していた解説陣は意表を突かれます。
先崎「角からですか」「ん?角?あっ角が打てるんですね」「これ同玉、7九金、5九玉なら4七桂で詰みなんですね」
先崎「持ち駒が”角”だと6七桂」「で、これ上がる一手(7七玉)ですね」
7七玉と指す郷田。
先崎「さてどうでしょう」「今しかし、角か銀かは選べたんですね」
先崎「これで、パッと…寄ればそれでいいんですが…」
矢内「6五桂から…」
先崎「出られて…」
先崎「まあ6五から打つと桂が残る形になりますが、それがいいかどうか?」
”8六銀”と銀のタダ捨て
7七玉と上がった先手玉に”8六銀”と”歩”の頭に打ちタダ捨ての王手をかける羽生先生。
羽生先生の将棋にはよく銀のタダ捨てが出る気がします。
この”8六銀”の後、途中で天才的な詰み筋に気付く先崎九段と矢内女流の会話が以下です。
矢内「おっ」
先崎「ほおー銀からですかぁ!」「銀から!」
矢内「でもちょっと今、慌てた感じ…」
先崎「そうですね」
息を飲む先崎九段
先崎「なるほど!!これ最後7二に桂打てると言ってるんだ」
先崎「いやあ、これはすごい!」「すごいことが起きましたね今」「これ気が付かなかった。天才ですねさすが」
矢内「なるほど!」
同玉と指す郷田。
先崎「天才です!!」「羽生さんは昔っから天才だと知っていたんですけどねえ」「なるほど天才の詰みです」
矢内「4三にいる歩も」
先崎「ええ。これ8五桂、8六玉、7四桂と打てるところだから桂のほうがいいっていう理屈が普通ありえないんですよね」「銀と桂どっちを駒台に残すかっていう」
7四桂と指す羽生。
先崎「これは数少ない例外ですね」
「7五玉、6六馬、6四玉に7二に桂打って詰みなんだ」「いやあ天才ですね」「いやあもう…」
矢内「この短時間で」
矢内「なんか鳥肌立っちゃいますね」
先崎「いやこれは素晴らしいですねこの詰みを発見したのは。信じられません。よく発見しましたね」
”7五玉”と最後まで指す郷田棋王(当時)
プロ棋士を含め、将棋を指す人達にとっては”銀”という詰ますのに便利な駒を最後に残したいのですが、それだと詰まないようで、あえて”銀”を捨てて”桂馬”を残すというのが盲点となる気付きにくい発想での詰みでした。
それに30秒将棋で気付く羽生先生はやはり天才だと、称賛するしかありません。
そして、自玉の詰みに気付いていながらも、テレビ棋戦のために最後のわかりやすいところまで指す郷田先生も格調高いですね。
先崎「あとで聞けば、こういう詰みがありましたっていうのが普通なんですよ」
矢内「はい」
先崎「桂を残したほうがいいというのはちょっと考えられないですね。素晴らしいとしか言いようがない」
矢内「はい」
先崎「いやあこんな天才が…いるんですね」
先崎九段「ものすごい難度の高い詰みです」
先崎「今、6六馬と引いて、次6四玉の一手で、さっき私が言った7二に桂を打つ手が残って…5四玉に4四金で詰みなんですね」
矢内「ですね」
先崎「金と銀だと詰まないかもしれませんね。6四玉の時は…」
矢内「そう…あ、はい…本当にこの手順しかない」
6四玉と指す郷田。
先崎「はい、そうかもしれません」「というか桂を残したほうがいいっていうことが、相当浮かびにくいんですね」
矢内「そうですね。発想としてやっぱり金銀残したくなっちゃいますもんね」
先崎「はい」「はあー素晴らしいです。驚きました」「これはね、ものすごい難度の高い詰みです」「いやあ天才です」「すごいもんです。」
先崎「いやあ…すごいなあ…」
”4四金”にて投了
上図が投了図です。
先崎「郷田さんも詰まされたらしょうがないと思っていたでしょうけど…この詰みは見えてなかったはずですね」
先崎「いやあ素晴らしいとしか言いようがないですね。これを詰ますのは」
矢内「はい」
最終盤の詰むか詰まないかのところでの羽生先生の苦悶に歪むような表情が印象的な将棋でした。
先崎九段の総括
先崎「最後の素晴らしい詰みが圧巻でした」
視聴者のコメント
「天才をふるいにかける奨励会を上がってプロになった方たちなんどえ、対戦してる2人も解説してる方も天才中の天才。」
「この詰みを秒読みで読みきったのは、本当に天才だわ。凄すぎる…」
「何かのアンケートで、羽生さんが将棋人生の中で印象に残っている一局にこれを挙げてた。」
「苦悶の表情で頭を回転させて驚きの一手を指す羽生さん。その一手に驚き詰み筋に気付いて絶望しながらも最後まで指す郷田さん。プロ棋士として羽生さんの一手に感服して褒めたたえる先崎さん。」
「羽生さんの表情が素晴らしすぎる。感動して涙が出る」
「先崎学をして「天才」と言わしめた一手」