久保利明

羽生vs久保【3連続限定合い駒の名局】ゴキゲン中飛車超急戦でトリプルルッツと称された芸術的名局

”捌きのアーティスト”と称される振り飛車党の久保利明先生が2010年の王将のタイトル戦第6局で羽生善治四冠(当時)を因縁の超急戦で破り、見事王将位を獲得しました。
その時の将棋が『銀→銀→角』という3連続限定合駒という奇跡のような将棋でした。
別称”粘りのアーティスト”としての受けの将棋が勝利を引き寄せた名局です。
この記事では2010年の王将戦羽生vs久保の第6局を解説しています。

羽生善治vs久保利明の背景

2008年、久保利明先生は当時の羽生王将にタイトル戦で挑戦しますが、七番勝負で1勝4敗で敗退。
翌年王将リーグは3勝3敗で残留となり、挑戦はできませんでしたが、2010年第59期には王将リーグを5勝1敗の成績で再び羽生王将(当時)への挑戦者に名乗りを上げました。

この時、久保先生は振り飛車党ながら”棋王”のタイトル保持者でした。

当時の将棋界の時代背景としては、ゴキゲン中飛車が猛威を振るい、先手番なら石田流三間飛車、後手番ならゴキゲン中飛車という振り飛車党が多かった時代です。

当時、振り飛車党の第一人者である久保先生は、勝率も7割を超える絶好調。

しかし、対羽生戦においての成績はイマイチで、特に後手番時のゴキゲン中飛車に対して”5八金右”からの超急戦をやってくる羽生先生に勝てずにいました。

 

ゴキゲン中飛車の生き残りを懸けた戦型

ゴキゲン中飛車は後手番の戦法ですが、居飛車側が早々に飛車先の歩を交換しに来る手があります。

この”5八金右”からの超急戦は”ゴキゲン中飛車”という戦法の生き残りがかかった戦型で、以下の局面図から、居飛車側は飛車先の歩を交換しに行きます。

ここで、”2三歩”と打てば持久戦模様になるのですが、それはやりたくないのがプロの将棋。
というか”2三歩”と打って、居飛車側に飛車先の歩の交換を許してしまえば、序盤早々、居飛車側の有利、または指しやすい流れになり、後手ゴキゲン中飛車という戦法は成立しないと言っても過言ではないのです。

なので”2三歩”を咎(とが)めるべく”5六歩”から角交換をして大乱戦に突入します。

以下”同銀”→”3三角”→”2一飛車成り”→”8八角成り”

この戦型を”超急戦”と呼びます。

居飛車側の飛車先の歩の交換を許すことができない振り飛車側はこの”超急戦”で勝たなくてはいけないのです。

しかし、この超急戦でゴキゲン中飛車が負けるとなると、そもそもこの超急戦はできませんよね。

すると居飛車側の飛車先の歩交換を咎めることができないゴキゲン中飛車側は不満な形勢になってしまいます。

なので、超急戦ではゴキゲン中飛車側が勝たなくてはいけないのです。(少なくとも五分以上の成績を上げたい…。)

まとめると、ゴキゲン中飛車側は居飛車と対等に戦うために…。

  • 居飛車側に飛車先の歩の交換を許すことはできない
  • 超急戦で居飛車側に負けることはできない

ということになります。

そして、すごいのは当時の羽生先生は久保先生に対して、毎回のようにこの”超急戦”で来るんです。

振り飛車党の第一人者である久保先生に羽生先生は盤上でこう問いかけているんですね。

「その戦法は本当に成立するんですか?」

その結果、この王将戦第6局までの羽生vs久保の超急戦は5局あって、なんと久保先生から見て0勝5負だったんです。

そして、タイトル戦という大舞台で”ゴキゲン中飛車”の存在意義をかけた”伝説の超急戦”が開戦されます。

 

因縁の超急戦

2010年3月16日

  • 先手:羽生善治 四冠(当時)
  • 後手:久保利明 棋王(当時)
  • 対局場:陣屋(神奈川県泰野市)
  • 持ち時間:8時間

羽生2勝、久保3勝で迎えた王将戦第6局。

戦型はゴキゲン中飛車の超急戦になります。

羽生四冠(当時)にとっては、負ければ王将位失冠という角番で、ここまで無敗の超急戦で来るんですから、勝ちに来ていることが伺えます。

羽生vs久保戦での”超急戦”はこれで6回目。

大乱戦となり、進んだ終盤は羽生王将(当時)優勢との評判でした。

しかし、ここでまさに奇跡のような手順が出てくるんです。

久保利明
「駒が進むべき方向が光って見える。そんな感覚になることがあるんです」。

先手の”6四角”に対して”銀”以外の合い駒では詰んでしまいます。

なので限定合い駒の”7三銀”

そこから、”同角成り”→”同玉”→”1三龍”と進みます。

ここで後手は”5三銀”と合い駒します。
この5三銀も限定合いなので”5三銀”以外は詰んでしまいます。

ここで”5三龍”→”同金”→”6二飛車成り”→”8四玉”→”8六香”と進めば…。

なんと本局3回目の限定合い”8五角”で後手玉は詰まず、後手勝ちとなります。
もちろん”8五角”以外だと後手玉は詰みです

本譜は”5三龍”と行かず”6三香成り”でしたが82手で後手勝ちとなり、久保利明棋王(当時)が見事4勝2負で王将位を獲得しました。

投了図は以下。

 

3連続限定合い駒の”トリプルルッツ”

この”3連続限定合い駒”は、フィギュアスケートの難易度の高い3回転ジャンプになぞらえて”トリプルルッツ”と賞賛されました。

3連続限定合い駒は、詰め将棋でも実現させることが難しい手順で、実戦で見られることは奇跡に近いぐらレアです。

7三銀→5三銀→8五角

この銀、銀、角という順番も絶対で、まさに”盤上の奇跡”と言ってもいいでしょう。

以下、行方尚史先生の感想。

行方尚史
「この戦型をここまで濃密に指せる二人はさすが。名局という言葉は安易に使いたくないが、本局の限定三連打は奇跡的で、トリプルルッツより凄い。」

ちなみに過去のタイトル戦で久保先生は羽生先生にこれまで4度挑戦してきましたが、どれも敗北。
今回の5度目の挑戦でついに羽生先生からタイトルを奪取しました。

そして、この3連続限定合いの局面は金子タカシさん著の”凌ぎの手筋200”という名著の表紙の局面にもなっています。

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久保利明の後日談

久保利明
「負けることが大事です。今思えば、羽生さんに負け続けてよかった。もし、最初に勝っていたら、僕はそこで終わっていたかもしれない。羽生さんに強くしてもらったんです。」

久保利明
「もし、僕に才能があったとすれば、折れない心だけなんです」

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